先日、久々にヒルズに行きました。
いろいろ疑惑付きな場所だけど、
私的には、結構六本木ヒルズは好きだったりする(^^)
毎回、Victorとの仕事の後は、
自分の発見!
があります。
中国の哲学からのお話をたくさんする彼にとてもインスパイアされるのだと思います。
今回は、
大事なもの
の発見。
好きな場所とか、好きな人とか、好きなものとか。
理屈はなくても、すごく好きっていうことあるでしょ。
何故、好きなんだろう?
と答えを出そうとしてでないこと。
私たちははっきり見えるものに、注目がいくし、
はっきり理論がないと採用されない社会で生きてたりするから、
目に見えないものを受け入れたり認めたりすることに
抵抗があったりするのかもしれません。
それだけならいいけど、
そこにジャッジが入っていくと、どんどん明確さを失っていきます。
今回、目に見えないものですが、
はっきりと大事だ、と思えるものに気がつきました。
カタチがないから、側にある気がしないけど、
私の心の中には、完全にカタチのないものとしてあるものでした。
それが、今の私というカタチあるものを支えてくれてるようです。
カタチのないものを見るのには、陰のパワーが必要なんです。
そして、カタチあるものは、カタチのないものの支えが必要かと思います。
つまり、カタチないもの存在がないと、カタチあるものが生まれないのです。
アロマの香りなんていうのも、カタチないしね。
でも、肌がきれいになったり、安眠できたり、カタチが現れるでしょ(^^)
おはようございます(^^)
カタチのないもの。
でも、必要なもの。私もなんとなくその感覚わかります。
好きな場所、人、モノ。
特に私の場合、場所とそこの空気から強く感じます。
行ったことある思い出の場所や初めて行ったのになんとなく懐かしい感じがする場所に出会うと、思わずニヤニヤしてしまいます。
カタチのないものにささえられてる。感謝。
ayaさん、
おはようございます☆
昨日はありがとうございました。
あやさんは、これからヨガの勉強が深まっていくと、
もっと見えてくるんじゃないかと思いますよ。
カタチのないものをたくさん積んできた感じがします。
体が柔らかくなってきて、
さらに、その「感覚」が深まってきてるんじゃないでしょうか。
場所や空気にニヤニヤしてるあやさんの雰囲気が伝わってきます(笑
ヨガと出会い、深めていくにつれ、目に見えないものやカタチのないものが
自然とすっと認められるようになったような、大切にするようになっている自分がいる、
そんな気がしています。
カタチのあるものもないものもどちらも、大切で…。
そしてジャッジは自分の中にある概念から生まれてきたりしている…
なんて思ったら「ジャッジしない」っていうのも自然と生まれてくるような。
理屈なんてないけど「好き」この感覚を大切にできると、より楽しいなって感じます。
カタチないものがカタチある自分を支えてくれている…とっても心に響きました。
純子先生、いつもありがとう☆
本当にそう思う事…何度でも言っちゃいます^^
ゆかりさん、
ヨガは、いろいろなものを教えてくれますよね。
カタチあるものの裏にはカタチないものがあるので、どちらも一つです。
ありがとう。
と言われると、すごく照れますが、とっても嬉しいです☆
こちらこそ、ありがとう☆
純子