苦しい時が、実は幸せなのかも。

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長いこと追いかけて、手に入らないものがあって、
欲しいとおもったときに苦しいなって思っていたのだけど、
3度目に大きく落ち込んだとき、ふと諦めてきている自分に気づいた。

自然と心が
「もう、いいんじゃないか。」
と言っている。

追いかけなくてよくなった分、楽になると思いきや、
心のぽかーんと穴があいてるみたいなのです。
苦しいな、それでも頑張ろう!と思って、切磋琢磨しているときが幸せだったかもしれない。

泣いたり、喚いたり、怒ったりすることがあっても、
きっと、心がたくさん葛藤してるときの方が、人間らしくていいのかもしれない。

これからどんなことがあっても、乗り越えていけそうな気がします。
陰極まれば、陽に転じる、ってことなのかもしれない。
陰はいろいろなことを教えてくれます。

「苦しい時が、実は幸せなのかも。」への2件のフィードバック

  1. 純子先生のメッセージ、いつもうなってしまいます。う〜ん…
    強〜く共感します。
    苦しい時はその苦しさにどっぷり浸かって見えないけれど…
    その苦しみが実は幸せなんて到底思えないけど…
    でもきっとそれを乗り越えた人こそが、幸せと言えるんだと思います。
    ひとまわりもふたまわりも大きくなれた証拠。
    あー、でも私はまだまだそこまでたどりつけません。
    陰を深めて手放してみたいです。

    1. あやこさん、

      共感してくださって嬉しいです。
      追いかけているときが、一番人間らしくていいかなって気がしてます。
      だから、アップアップなってる自分こそok!って、
      自分で元気づけてます。

      あやこさんは、落ちついていて、大人だから、大丈夫だと思います。
      時間が解決してくれると思います。

      純子

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